傾聴訓練や、応答訓練と、現場の一番大きな違いは、
「クライエント様が不安定である、ということである」と前述しました。

そうです。
学習仲間のように、クライエント様が皆、流暢に語り出すわけではないのです。

うまく話そうと緊張し、結果言葉に詰まって無言になり、
不機嫌から挨拶を無視され、「来たくもない」と暴言を吐かれ、
カウンセラーから嫌われるのではないかと恐れ、
自己嫌悪から泣き出し、嗚咽で日本語が判別できず、
症状から言葉が途切れ、蚊の鳴くような声でしか話して頂けない、
あるいは、結果何が言いたいのかよくわからないクライエント様に対しても、
最終的には、フツーに応答できなければ、現場にはいられないのです。

カウンセラーが迷っていては、動じていては、
さらには、動転して反射的に相手を害す言葉や態度を取ってしまっては、
クライエント様は守れないのです。

けれども、本物のクライエント様で訓練することは、どうしてもできません。

ならばせめて、本当にこれからカウンセラーになりたいのであれば、
まずは傾聴訓練で流暢に語ってくれる学習仲間に対し、
あるいはお友達やご家族や同僚のお話に対し、
本気で聴いて、高い集中力を維持する力を養い、
適切に、害さずに、60分以上連続して対峙・応答できるように訓練なさってください。

どのような状態のクライエント様が訪れようとも、
害すかもしれない恐怖感と危機感を基礎として、どっしりと、安定して、
あたかも恐怖など感じていないかのように涼しい顔をして座っていられるようになるまで、
そのレベルに至るまでの高い応答技術を身につける必要があるのです。

そのレベルに至ったとき、あなたは必ず、
無意味で不要な「繰り返し」「明確化」「要約」などは使わなくなっており、
クライエント様と、とても自然なキャッチボールができるようになっており、
よってクライエント様の緊張を徐々に解いていくことができるようになっており、
応答で害すことなく、クライエント様との人間関係と信頼関係を
自然と築いていけるようになっているはずなのです。

研修という安全で見守られた場なんかではなく、
こちらがクライエント様に対し
安全で見守られた場を提供しなければならないことを、
そして不安定なクライエント様を全面的に受け止め、抱えるのは自分なのだ、
ということを、しっかり自覚していなければなりません。


これは車の運転に似ています。
車という凶器になり得るものに乗っている、
そして自分の運転次第で人を害すかもしれないという恐怖感と危機感を基礎として、
どっしりと、安定して、あたかも恐怖など感じていないかのように
涼しい顔をして運転できるようになれるまで、きちんと教習を受ける。
交通標識、交通ルール、車の構造を理解し、状況判断といったものまで身に付けるために、
実際に車に乗って練習するのと同じなのです。

現場にひとりで出られるようになるには、
まずは理論を学び、教習所内で車に乗ってみて、次に一般道路に先生と共に出て行き、
先生からきちんと高い評価を頂けなければならないのです。

それと同じような流れを、カウンセラーになりたい人は、必ず経るべきです。

カウンセラーの資格を取れるところに通い、資格を取ったら卒業なのではなく、
研修という場(教習所内)で傾聴応答訓練をしっかりと行ってください。

カウンセラーは、どうしても、実際のクライエント様と練習することができません。
そう、一般道路で練習することが、限りなく難しいのです。
だからこそ、一般道に出る前に、「あなたは一般道に出ても大丈夫ですよ」と
スーパーバイザーやファシリテーターから言って頂けることが「仮免許」となり、
この過程がとても重要なのです。

そして、仮免許を持って一般道(現場)にデビューしてから、
あなたに本当の意味で免許証をくださるのは、クライエント様なのです。

私は先に述べました。
「あなたを本当の意味でカウンセラーにしてくださるのは、クライエント様なのです」と。

そうです。
多くのクライエント様から選んで頂けるようになり、
多くのクライエント様のお役に立てるようになって初めて、
クライエント様から、「信頼」「笑顔」という最高の免許証を頂けるのです。

一般道(現場)でクライエント様を害し、事故ばかり起こし、役にも立てない心理士に、
クライエント様は決して、本物の免許証はくださらないのです。

 


カウンセラーは、クライエント様のお話を聴かせて頂いているとき、
「応答」という技術を使って反応しています。

この「応答」は、バーバル的にも、ノンバーバル的にも、
行われています。

前述の通り、理論を学んだら、次は、
クライエント様のお役に立つためにも、
クライエント様を害さないためにも、
「応答という技術を、いかに磨くか?」ということが
最も重要になってきます。

もっと深く言えば、どの精神療法を駆使するにも、
「応答の中に各種精神療法が含まれている」のであって、
どの療法を使おうとも、「応答の高い質と配慮が問われる」ということです。

応答の中に精神療法が入っているということは、
「応答」が、最もクライエント様のお役に立てる技術になる、ということであり、
「応答」こそが、カウンセリングの最重要課題である、ということになるのです。

それなのに、「応答」にクライエント様を害す地雷が埋まっているのだ、
ということです。

このジレンマが、わかりますか?

しつこく言いますが、
自分の応答、言葉と態度ひとつで、クライエント様を害すかもしれない、という
恐怖感、危機感を、強く持ってください。

詳しく言います。

私が今回強く述べたいことは、
悪意がなくとも、故意はなくとも、
クライエント様が不安定で傷付きやすく弱った状態にあるがために
応答ひとつで、いとも簡単に害してしまう、ということが起こるのだ、
ということです。

この条件下にあることを忘れていては、
「害すな!」の本当の意味は、わからないのではないか?ということです。

それほどまでに、クライエント様の状態は不安定であることを、
あなたは本当にわかっていますか?ということです。

「害すな!」の記事に載っている例えのように、
もしこういう反応をもらったら、次はあなたは、それに対し、どう応答するのですか?
ということなのです。

あなたの目の前にいるのは、傾聴訓練に訪れる学習仲間などという人間ではなく、
傷付き、弱り、迷い、怒り、困り、疲れ、焦り、孤独で、不安定で、涙が止まらない、
そんな方々の目の前に
仲間もファシリテーターもスーパーバイザーもいない場で、
1対1で座っている、ということを、

擬似の話題なんかではなく、
その方に「現実に」切迫して起こっていることを話題とされていることを、

こういったことを本当に理解・想定した上で訓練しているのか?ということです。

その上で、「害す可能性」「害してはならない」の本当の意味を、

心理士という職務の責任の重さを、本当にわかっているのか?ということなのです。

訓練仲間ではセーフでも、
相手がクライエント様ならアウトになる応答というものが
たくさん存在するのです。

それくらい、クライエント様はデリケートな状態にあるのです。

習ったからと、応答でむやみやたらに繰り返しや明確化を使っていて、
本当にクライエント様を害さずにカウンセリングができるのか?
ということなのです。

理論というのは、実際にやってみたら、
「なんか妙じゃね?」「なんか変じゃね?」ということが起こります。
それを体験してこそ、気付き、改善でき、本物の技術が身に付くのです。

あなたには、一度の面談で、何度の応答が行われているか、想像がつきますか?
10や20なんかでは、済まないのですよ?
10分で役割を交代するなどということは、ないのですよ?
60〜90分、連続して応答を続けるのですよ?
「振り返り」と呼ばれるコメントなどもらえないのですよ?
1回の面談で、200の応答が行われれば、
200の地雷が埋まっているも同然なのですよ?

極論すれば、応答が100回あれば、あなたの応答次第で、
100回受容することもできるし、100回怒らせることもできるし、
100回明確化することもできるし、100回害すこともできるし、
100回励ますこともできるし、100回殺すこともできる、ということです。

この危機感、わかりますか?

ゾッとすることが、できますか?

その応答は、本当に適切だと言えるのですか?

理論だけを学んでクライエント様を害すカウンセラーになるのですか?

わかったら、怖かったら、本気で傾聴・応答訓練してください。

できれば、ファシリテーターやスーパーバイザーから
高い評価を頂けるようになるまで、訓練なさってください。

ゾッとできなかった方は、もうカウンセラーになるのを、やめてください。



金森は、10年以上の経験を持ってしても、
200分の5の確立で地雷を踏んでいるような気がしてならず、
200分の10の確立で不要な応答か不適切な応答をしているような気がしてならず、
やっぱり毎回「この仕事を辞めたほうがいいんじゃないか」と悩んでいます。

 


私は先に、「挨拶ひとつずつ、応答ひとつずつが、
自然な上に、超ハイレベルで配慮されているべきです」と述べました。

それはなぜか?

答えは「クライエント様を害してしまうから」です。

「元気」が禁句なのは、クライエント様を言葉に詰まらせ、
元気じゃなくちゃいけないと思わせてしまい、害すからです。
「おめでとうございます」が禁句なのは、
クライエント様のお気持ちを勝手に憶測し誤解したことになって傷付け、
相談しづらくさせることも、害したことになるからです。

こんなふうに、挨拶や応答ひとつで、
いとも簡単にクライエント様を害してしまうことが起こるのです。

応答は、基礎でありながら、大変デリケートなものであり、
最も技術を要するものです。

最初にお迎えするときの挨拶から、
「ドアが開き、クライエント様の姿が見えた」ということに対する「応答」が
もう始まっている、ということをわかっていてください。

応答ひとつで、カウンセラーは、
クライエント様のお役に立つことも、害してしまうこともできます。

カウンセラーという職業は、
自分の応答ひとつでクライエント様を害してしまうかもしれない、
人を簡単に傷付けることができる、そんな、非常に怖い職業であることを、
強く自覚してください。

例えば。

応答が、ただ少し弱かった、というだけで、
「自分のことを軽く扱った」という気持ちにさせてしまったり、

応答で、ほんの少し別の視点を与えてみただけで、
「わかってくれなかった」という腹立たしい気持ちにさせてしまったり、

応答で、”繰り返し”を使っただけで、
「バカにされた」と感じさせてしまったり、

応答に、”余計なひとこと”が入っていたばかりに、
「自分のことを非難した」という気持ちにさせてしまったり、

応答の、口調や抑揚ひとつで、
「言い方が気に食わない!」という気持ちにさせてしまったり。

こんなふうに、
応答ひとつで、クライエント様を害す可能性があり、
応答は、常に、ありとあらゆるリスクを伴っているのです。

だからこそ、挨拶ひとつずつ、応答ひとつずつが、
自然な上に、超ハイレベルで配慮されている必要がある。
ということなのです。

自分の言葉と態度ひとつで、クライエント様を害すかもしれない、という
恐怖感、危機感を、強く持ってください。


また、クライエント様は、カウンセリングにいらっしゃいますと、
「自分が今どのような状態で、今後どのような治療が必要になるか?」や、
「自分は病気なのか?」
「自分は治る・直るのか?」ということを、
大変不安な気持ちで質問していらっしゃいます。

そのときに、「あなたはこうしないと、こういうふうになってしまいますよ」と
脅すようなことを言う方がおられます。

これは本当に、言語道断です。

カウンセラーとして、終わっています。

こういう言い方・伝え方しか思い浮かばない方は、
感受性に欠けているとしか言いようがないです。

弱っている方には、こういう言い方が一番堪えることを、
そしてそれは大変危険なことである、ということを、わかっていてください。

弱ってはいない私の個人的な見解を述べれば、
お札やお守りやツボを売りつけるインチキ宗教家と同じように見え、気持ち悪いです。

クライエント様の不安をあおるような発言は、未来を絶望させるような発言は、
カウンセラーとして、決してしないで頂きたいと思います。

そうではなくて、
「たとえばこういうペースで何回くらいカウンセリングが進んでいきますと、
こんな風に、これくらいのレベルで楽になっていける可能性があり、
あなたが希望している形に近い状態に、なっていけると思いますよ」という内容のことを、
重〜くもなく、軽くもなく、未来を描けるような形で明るめに伝えてあげられる、
そんなカウンセラーになって頂きたいと思います。

逆に、今のクライエント様には想像もできないような、
輝きすぎる未来を説明するのは、酷です。
その未来は、遠すぎる。→害してしまう。

ほんの少し頑張ってみたら、手が届きそうな、そんな未来を、説明してさしあげてください。


もうひとつ言います。

聴いている「だけ」・・・これもクライエント様を、ものすごく害します。

そのことを、知っていてください。

「前のカウンセラーは聴いているだけだったので・・・こちらに来ました」
という苦情を聴かせて頂くことが大変多いのが現実です。

この件や、応答については、もっと深く後述します。

クライエント様を、決して害すな、脅すな。
これは心理士として、最も基礎的で、最も重要な、心構えです。

決して、常に、忘れないで頂きたいと思います。

そもそも私が、このブログを立ち上げ、
服装だの爪だの素養だのまで厳しく言及しているのは、
全てこの「クライエント様を害さないため」なのです。

 


心理カウンセラーの資格を取れば、
すぐに心理カウンセラーとして務まると思う方がおられますが、
それは間違いです。

教科書で勉強するだけでは、まだ何もわかっていない状態と変わりません。

そこで登場するのが、面接訓練、傾聴訓練、応答訓練です。

こういうことを指導して頂くのに、
カウンセリングをしたこともないような方から指導して頂いている方が
かなりおられます。

世の中には、カウンセリングをやったこともないのに、
カウンセリングを教えている方が溢れています。

どうか、カウンセラーになりたい方は、
豊富なカウンセリング経験を持っている方を探し、
必ずスーパーバイザーを得てください。

そして、カウンセリングの経験値が高い方から、
カウンセリングを教わってください。

ここからが本題です。

スーパーバイザーの言うことをキカナイ人が多すぎます。

スーパーバイザーの言うことをキケナイ人が多すぎます。

スーパーバイザーのご指導を、素直に、謙虚に聴けない人は、
カウンセラーをやめてください。

「それの、何が、いけないんですか?」と開き直る方は、
クライエント様のお役に立つどころか
クライエント様を大きく害す可能性が高いです。

カウンセラー自身が危険人物と化しては、どうにもなりません。

カウンセラーは、内省する力が大きくなくてはなりません。

素直で、謙虚で、腰低くいられる、そうあれることが、
素養としてとても大切なことなのです。

それが、必ずクライエント様のためになる、ということです。

常に、「これではいけなかったのではないか?」
「これでは役に立てなかったのではないか?」と
自問自答して自己嫌悪に陥ってしまうくらい内省する、
それでちょうどいいくらいです。

スーパーバイザーから注意を受けてもなお反省できないような人間には、
カウンセラーをやる資格はありません。

 


心理士には、高い感受性が必要になります。

これを持っていることが、素養ともいえます。

心理士は、クライエント様が日本語で話した言葉だけを聴いているのではないのです。

クライエント様の、言葉にならない、言葉にできないものから、
何をつかみ取れるのか?が大切なのです。

沈黙や、言葉にはしていないけれど態度に出ていること、
言葉は丁寧だけれどその言い方、クライエント様から放たれるその空気感、
いらだち、焦り、怒り、困惑、動揺、不安、
そういったものを、いかに掴み取るか、ということが、
「本当に聴く」の世界なのです。

それを可能にするのが、感受性であり、心のひだです。

カウンセラーをやっている人の中に、
カウンセラーになりたいと言う人の中に、
この感受性が欠けている方がなんと多いことか。

こういったことは普通人に向かって言わないであろうことを、
平気な顔で、平気で言う人がいます。
そういったことは、常識がないとか、空気が読めないとか、
そういうこともありますが、
私は、感受性の問題だと思います。

「こういうことを言ったら、非常識かな?」「失礼かな?」
「相手はどう思うかな」ということを考えることができないのは、
感受性に欠け、心のひだがない、ということになるかと思うのです。

以前私の元に「精神疾患を克服したので、カウンセラーをやりたいんですが」
といって面談に来た男性がいました。

この方は、その後すぐに私に言いました。

「あのぉ〜〜、こちらは飲み物も出さないんすか?」(苛立ち口調)

私は「えぇ・・・飲み物はお出ししていないんです・・・」と答え、
でもご要望の様子だったので
「宜しければ、お支度しましょうか?」と言って、飲み物を選んで頂いたのです。

その男性は、自分で選んだオレンジジュースを出されるやいなや、
3秒で「一気飲み」をしました。

そして、私に言ったこと。

「あのーー、おかわり、ないんですか?」・・・

立て続けに言ったこと。
「このあたりは、コンビニひとつないんすね、不便でしょーがないっすよ」と・・・

※終始ふんぞり返ってそれを言う。


私は頭の中で、仏壇の鐘が鳴りました。

チーーーン。。。。

この方に、カウンセラーになる素養が全くないことは、すぐおわかりになるかと思います。

まず、初めて来る場所、初めて会う人に対して、
自分の要求ばかり押し通す時点で、大人として終わっています。

そして、「こういうことを言ったら、この人はどう思うかな?」ということを
全く考えることができない→適切な発言ができない、ということは、
カウンセラーとして、どころか、社会人として通用するか?も危うい。

私はこの男性の精神疾患が完治していると思えなかったこともあり、
(この感受性の欠陥は、陰性症状が残っている可能性が高いと判断した)

「仕事としては、あなたの場合は、お勧めできません」
「何かボランティア的なことをお手伝いされてみてはいかがですか?」ということを
終始笑顔でめちゃくちゃ丁寧に言葉を選んでお伝えしました。


感受性は、高すぎても大変疲れるものなのですが、
それでも心理士は、高すぎるほどの感受性が必要な職業です。

なんというか、のそぉ〜〜っと鈍い感じの人には、務まりません。

アタマの回転が速く、勘が鋭く、心のひだがあると、最強です。


感受性が低い方は、ドラマや映画を見て、感受性を磨く努力をして頂きたいです。
俳優さんのセリフにない、表情や態度から、どんなことをつかめるのか、
そして普段の人間関係で、うんと、うんと鍛錬すべきだと思います。

元からの性格的に感受性が高い方は、非常にラッキーだと思います。
どうか常に、その備わった感受性に磨きをかけておいて頂きたいと思います。


人の話を聴くことなんて、簡単だ、と思っていらっしゃる方が多く、
カウンセラーになんて簡単になれると思っていらっしゃる方が多く、
私は絶句し、落胆することが多いです。

人の話を聴くことが簡単だなんて、とんでもないことです。

思い違いもいいところです。

そして、あなたを本当の意味でカウンセラーにしてくださるのは、
クライエント様なのだ、ということを知るべきです。