心理士には、守らなければならない倫理がございます。

これを、守ることができない心理士が意外と多いことが、
私は残念でなりません。


/翰士は、クライエント様と、カウンセリングの場・枠以外では、
個人的に、外でお会いすることが、許されておりません。

クライエント様が道に迷われているから、と
駅にお迎えに行ってあげることすらできません。

道でばったり会っても、会釈程度に留めるか、
あえて声を掛けない、挨拶しない、(悪くいってしまえば無視だが)
むしろ、気付かないフリや、スルーし合うくらいの方が、
お互いに賢明ですし、お互いに楽だったりします。
クライエント様がどなたかとご一緒の場合は、特に挨拶しない方が良い。
「あの人だぁれ?」という話になり、嘘をつかせる負担を掛けさせてしまう。
心理士の側も、外で突然クライエント様と話せるような、適切な準備もできていない。

たとえクライエント様がご卒業なさったとしても、
その後何年経とうとも、友達にもなれませんし、デートもできません。

カウンセリングは「枠」というものがとても重要なものです。
なぜこの「枠」が大事なのか、原理・根拠としてきちんとわかっている必要があります。
わかっていないと、心理士はこの枠を、平気で侵していくようになります。

それをしないためには、さらに、
陽性転移・陰性転移・逆転移についても、きちんと自己一致できているべきですし、
必要であれば早急にスーパーバイズをお願いするべきです。

これができていれば、クライエント様を害すことなく、
そして心理士自身も、自分の身を守ることができます。

そう、この「枠」を守れないことは、
心理士の身を滅ぼすことにもなっていくのです。

「枠」というのは、
場所という観点も、時間という観点も、料金を挟む、という観点も、
全て含まれて「枠」なのです。

「倫理だから、ただ守ればいい」ということではなく、
なぜいけないのか、なぜ枠が必要で、なぜその枠が自他を守るのか、
その理論・原理・理由・根拠を、
自身でしっかり噛み砕いている必要がある、ということです。


⊃翰士は、クライエント様に対し、異様で執拗な営業を行うような、
そのような身勝手な行為は慎むべきです。

異様な営業行為の内容としては、
一方的に電話を掛けて話をし、それに対し料金を取ろうとする、
高額な回数券を「無理に」買わせる、契約書を書かせる、
ご予約キャンセルに対し請求書を送り付ける・泣くなども含まれます。

このような心理士がいることは、残念ながら、
実際にクライエント様や心理士仲間より報告された事実です。

こういったことをするのは、選ばれないカウンセラーがやりがちです。
「素養・性格改善」でも前述してありますが、
依存的で、クライエント様がいらっしゃらないことで自分が崩れてしまうような、
そのような、精神的に未熟な心理士がやってしまいがちな行為です。
クライエント様が生活費に映る、経営にも未熟なカウンセラーがやりがちです。

明確な用件があれば、メールやお電話で伝えて手短に済ませれば良いので、
絶対にこちらから連絡をしてはならない、ということとは違いますが、
その際は「こちらからご連絡をして申し訳ない」旨、ひとこと添えるべきです。

執拗に営業を行ったり、来るように説得したり脅したり泣いたりするのは、
倫理違反と言わざるを得ませんし、距離感を保てない→,鮨す言語道断の行為です。


心理士は、たとえご紹介があってご来談になった方であろうとも、
ご親族の方であろうとも、近しい間柄の方であろうとも、
第三者の問い合わせに対し、守秘義務を守らなければならず、
ご相談内容はもちろんのこと、
「来ている」とも「来ていません」とも答えることはできません。

ご本人の許可があれば別ですが、
基本的には、うんともすんとも、お答えすることができません。

医師ならば、ご親族にのみ、容態を伝えることが可能ですが、
心理士は、それすら、できません。

きついのは、「そちらへ通っていると、本人から聞いている」という場合です。

A:それでも、ご来談している・していない・ご相談内容・状態について、
明言することはできません。

そう、「そのようなことは、一切ご回答しかねるのです・・・」と、
しらばっくれるしか、ないのです。

→これで「そうなんですね」と電話を切らない方がいます。
この場合は、さらに言います。

B:「ちなみに、確認ですが、あなた様は・・・」と、
問い合わせ者が、ご親族なのか、元ご親族なのか、知人の範囲か、
きっちり確認を取り、フルネームまで教えて頂く。

C:「今回のお電話は、その○○さんとおっしゃる方の許可を取って
お電話くださったのですか?」と確認を取ってみますと
「内緒で電話しました」→やっぱり何も伝えることができません。

心理士として、ふいの問い合わせ・質問に対し、
機転を利かせなければならないことが、こうしてあるのです。

とっさの判断・とっさの切り返しで、
適切な対応を取らなければなりません。

決してBの時点で安心して口を滑らせないことが肝要である。

→それでも食い下がってくる問い合わせ・質問攻めには、
戦略を変えて対応します。

D:「私の方では、なんともお答えできかねるのです」
「宜しければ、その○○さんに、直接今の状態を聞いてみてはいかがでしょうか?」
「宜しければ、どうしても気になるようでしたら、
○○さんに先に連絡をして、今も△△カウンセリングルームに行っているのか、
自分もカウンセラーと話してよいか、あなたのことを尋ねてもいいか聞いて、
許可を得てからお電話下さいますか?」とご提案・お願いしてみます。

→これでもダメなら、(「そういう連絡はできない」と言われたら)
これはこの方との関係が良くないことを既に示唆していますので、
さらに戦略を変えます。

E:ここまできますと、問い合わせしてきた方に自覚は無くとも、
このご親族はもう既に「ご不安の強い相談者」と化していると判断し、
さらなる戦略をもって対応することもできる。
しかしEは、心理士の精神的負担が強すぎる戦略ゆえ、
できればDまでで電話を切りたいところである。

ご親族ではない場合は、必ずDまでで対応し、
「お役に立てず申し訳ございません」と丁重にご挨拶し、
静かに電話を切らせて頂きます。

また、問い合わせ者がご親族であっても、
Dまでで対応することがベストであることは間違いないし、
Dまでで済むに越したことはない。

なお、Eの戦略はほぼ滅多に登場しないことと、登場してほしくないこと、
さらに、この場では非常に申し上げにくいことから、別の機会に譲りたい。

Aの時点から、もっと冷たい電話の切り方・切り返しも、ある。

けれども、できれば真摯に、丁寧に守秘義務のご説明をして差し上げて、
申し訳なさそうに電話を切りたいものである。

Dまで3分で済むのだから、お問い合わせしてきた方のお気持ちも汲んで、
丁重にお断りしたいものである。

こういう突然の問い合わせに、
とっさに適切な判断と切り返しを求められるのは、電話である。
メールならゆっくり考える時間があるが、電話は違う。
心理士は、医師よりも硬い守秘義務の範囲を守らねばならないことを
しっかりと自覚して、機転を利かせ、言い方にも十二分に気を付けなければならない。

また、なぜ守秘義務というものがあるのか、というその根拠を、
しっかりとわかっているべきです。

その理解と、クライエント様のためを想えば、
どんなに食い下がられようと、必ず守秘義務は守れる。



倫理は、当然守られていなければなりませんが、
,砲皚△砲皚にも、例外的な対応は、ございます。

,任い┐弌
クライエント様の諸事情や、お住まいの場所の問題で、
ファミレスや喫茶店等の飲食店や、
クライエント様のご自宅まで出張した上で面談することもありますが、
そこが「場所という枠であること」をきちんとお伝えし、
「外でいつでも会えるわけではない」ことをきちんとお伝えする、
そのようなケースもございます。

小さな子供さんは、必ず親御さんに直接引き渡すなど、
セキュリティの観点からお部屋を出たところまで対応することもある。

△任い┐弌
最近お見えになっていない方に対し、「だいじょうぶー?」
「きつくなったらいつでもお越し下さいね」と軽く声を掛けてあげるなど。
決して全ての方に対してはしませんが、
一部分このような連絡があると安心できる方がおられ、
そのような方に対して、稀にお声掛けをするなどです。

また、苦情や陰性転移の場合に、
「電話やメールではきちんと対応できないので、もう一度お越し頂けませんか」と
お願いしてみるケースなど。

でいえば、
20歳に満たない方・あるいは親元を離れている大学生が、
かなりの身体症状・精神症状を呈する場合、
ご本人の許可を得て親御さんにご連絡するなどもありますし、

逆にご本人から「自分の症状をうまく説明できないのですが」と依頼され、
心理士がそれを妥当と判断した場合、ご親族へのご説明を行う場合などもございます。


なんでも「例外だ」「例外だ」といってはなりませんが、
どうしても、稀に、例外的なケースは出てきます。

けれども、基本的には、´↓ともに、
常にきちんと守れる心理士で在りたいものです。

大事なのは、´↓の倫理が、なぜあって、なぜ必要なのか、
その根拠を、きっちりと、理解し、噛み砕かれた上で、
守られていることなのです。

そして、なぜそのケースは´↓の倫理を越えて例外にあたるのか、
その理由を明確に持っていることが、大事なのです。

これが自分で説明できない方は、心理士になるべきではありません。

 

心理士には、高い国語能力・読解能力が必要です。

クライエント様は、緊張や不安から、
お話くださることが、順不同になります。
時間軸が、交錯する。

現在のことを話しているようで、過去の話に飛び、未来の不安を語る。
過去の話の時間軸も、5年前・10年前・3年前・1年前と、
順不同にお話が出てきたりするものです。

これは、全くおかしいことではありません。

クライエント様の心の中(頭・脳の中)には、
話したいことが、たくさんあります。

わかってもらいたいことが、たくさんあります。

心理士の仕事は、クライエント様のお話の、
交通整理を担うことです。

ごちゃごちゃな状態を、整理する。

そして、あたかもその方になったかのような気持ちになって、
わかってあげることです。

それだけでも、カウンセリングの効果はかなりあげることができます。

また、「こうなりたい」という像をお持ちの方もおられますが、
それもよく伺ってみると「こうあるべき」というものと混同していることもあり、
また、「本を読んだら、そう書いてあった」ということもあり、
「こういうふうになってほしい」と親や配偶者や恋人に望まれた、ということもあり、
「こういう友達がいて、その人が羨ましいから」ということもありますし、
結果、本当にご本人が望んでいることではないことも、多々あります。

こういうことを明確にしていくために、やはり質問が登場する。

質問し、それに答えて頂くことで何かに気付いたり、
同時に頭と心の整理が進む。

何かを、引き出していく。

そういう会話のキャッチボールを瞬時に行うためには、
そして、要約や明確化のためにも
やはりどうしても、高い国語能力・読解能力は必須です。

応答で返すとは限りませんが、
心理士の頭の中では要約・明確化できている必要があります。

バラバラのお話を伺いながら、心理士の頭の中では順序立てて整列させていく。

過去のお話と何がどうつながるのか理解していく。

それをしながら、今のお話に対し、応答します。

他にも3パターン以上同時にアタマを働かせなければなりませんが。

会話能力・国語の能力、そういった力を付けるためにも、
心理士は、カウンセリングの勉強だけしていては、いけないのです。

普段の生活や、普段の人間関係や、友達付き合い、親族付き合いで、
聴くこと・読むこと・見聞きすることを通して国語能力を伸ばし、
色々なところから、色々なことを、学んでいなければなりません。

心理士には、頭のキレが求められます。

なぜなら、心理士は、クライエント様のお話を、
毎日少しずつ聴くことができないからです。

限られた時間の中で、最高の質を提供するには、
どうしても、頭のキレは必要になってくるのです。

 

心理士は、クライエント様と人間関係を築くことが、仕事です。

お困り事についてお話をして頂く。そのお話を聴かせて頂く。

それを通して、少しずつ少しずつ、人間関係を築いていく。

そのやり取りの中で、クライエント様が、何かに気付く。
その気付きが、行動変容につながっていけば・・・
そんな理論の上に、この仕事はあります。

これは一般の生活でもそうですが、
人と人間関係を築いていこうというときに、
人間として、人の話をただ聞いてるだけ、というのは、
それは、「相手のお話に興味関心を持っている」とはいえません。

「へー」とか「ふーん」とか「そーなんだー」とか言って、
人の話を右から左に聞き流している人がなんと多いことか、
カウンセリングの勉強をし、傾聴訓練を受けたことがある方なら、
どなたでも既に、お気付きになっていることでしょう。

しかし、カウンセラーを名乗っている人の中にも、
「聞いてるだけ」の方がかなりおられるようなのです。

前述しましたが、
「前のカウンセラーはただ聞いてるだけだったんですよね・・・」
という苦情をおっしゃり、私の元へご来談下さった方が
たくさんおられるのです。

ということは、かなり多くのカウンセラーが、
来談者中心療法を使う=聞いてるだけ
という構図になってしまっていた可能性が高い。

いえ、来談者中心療法は、質の高い、正統派の精神療法です。
時間は掛かっても効果が高い療法であり、
素晴らしき「古い海」というものです。

しかしながら、心理士としてというよりも、
普通の人間として、相手のお話を伺っているときに、
「なんでそう思ったのかな?」
「もう少し詳しく聞きたいな」ということがある。

当然、心理士としてなら、なおさらある。

それでも、ただ口を挟まずひたすら聴くのも、悪くはない。

ただ、何の質問もされず、アドバイスもされず、
何回通っても、ただただ聴いているだけのカウンセリングをされるのは、
多くのクライエント様にとって、苦痛になるのは事実のようです。

心理士は、圧倒的な知識を持っていようとも、
やっぱり「カウンセリングバカ」じゃ、務まりません。

普段の生活から、普通の人間関係を、良好に築ける人間で在らねばならない。

それができていれば、カウンセリングでの人間関係も築けるはずだし、
害すことも防げるはずである。

カウンセリングでは、
適度に、そして邪魔にならないタイミングで、
クライエント様に「もう少し、ここを伺いたい」と思う観点を、
ほんの少し質問して差し上げたいものです。

これが、いかに難しいか。

「あーー!そうそう!それが話したかったのー!」というところを、
絶妙なタイミングで、点で突いていく。

そんな質問が、できるか?

できそうで、意外と難しいものです。

古い海は、大事です。

けれども、来談者中心療法において、
「傾聴」=「質問しない・してはならない」ということとは解釈が違う。

かといって、当然、質問攻めもいけない。
根掘り葉掘りも、言語道断。

かといって、何も尋ねず、何のアドバイスも言わず、
ただ相槌を打っているだけの人間関係って、
普通の社会だったら、変ですよね?

変ではないにせよ、人間関係が深まっていかない。

それは心理士も同じです。

60分応答を続ける中で、カウンセリングの理論を駆使しながら、
いかに自然に、会話のキャッチボールをしていくか。

その応答に、何かを気付かせ、何かを築かせるものを、乗せていく。

そういう深さを、カウンセリングは、持っているものです。


 

私は、心理士になることは、そもそも、勧めません。

人に勧められるような仕事ではございません。

そもそも、心理士なぞという仕事には、就かない方がよろしいです。

理由は、多数ございます。

まず、心理士という職業には、日本では、地位も、名誉も、立場も、ございません。
臨床心理士ですら、医局から干され、居場所が無く、別室に追いやられ、
国家資格を持っていないことで、医療界からは見向きもされません。
日陰の、資料室のような部屋で、役に立つとも立たないとも思われないような、
いてもいなくてもいいような存在として仕事をしていくことを、
まず、覚悟していて頂きたいと思います。

次に、金銭的に、まったく恵まれない職業です。
心理士は、まじめにやればやるほど、儲かりません。
開業心理士となりますと、なお、経営のプレッシャーは大きくなります。
心理カウンセラーとして、多くの方が開業し、
ほとんどの方が潰れていく現実をしっかり自覚し、
開業するのであれば、実務と経営、
この双方をしっかりやっていく強い覚悟、そして行動が必須となります。
潰れなくても、生活していくので精一杯であったり、
OLやサラリーマンよりもうんと働いた上、
彼らよりうんと収入が少ないことを覚悟してください。
売れるカウンセラーになりたければ、それだけの、行動が必要だということです。

次に、これは少し前述しましたが、
援助職でありながら、達成感がほとんどないことが挙げられます。
やりきった、よくできた、クライエント様がよくなって本当に良かった、
そういった感覚を持つ機会がなかなかございません。
ということは、自らの中に、
何かこの仕事を続けるだけの気力・体力・情熱を維持するだけの動機を、
持ち続けることが必要となってきます。
その「なにか」は、あなたの心の中にあるのだと思いますし、
無い方は、いずれ挫折し、決して続けられないだろう、と思います。

次に、人の秘密を抱える、という仕事は、当然、苦痛が伴います。
誰にも、言うことができません。
それを抱えるだけの器と、クライエント様のために努力するという信念が、
心理士には必要になります。

さらに言えば、人の命を守る、守りきる、という信念も必要です。
クライエント様の中には、攻撃性が内に向き、
自己への攻撃を衝動的に、あるいは常習的に行ってしまう方が
多数おられるのです。
こういったクライエント様に対し、決して説教することなく、
「死にたい」というお気持ちから目をそらすことなく、
クライエント様に忍耐強く寄り添い、
必ずお気持ち、お体、命を守るのだ、という信念を持っていることは、
心理士として非常に重要なことです。

逆に、攻撃性が外に向くクライエント様もたくさんおられます。
言葉でも、態度でも、心理士や精神科医に攻撃性を向ける方がおられます。
心理士は、決してクライエント様を害してはなりませんが、
クライエント様から害される覚悟だけは、最初にして頂きたいと思います。
クライエント様から害されてもなお、クライエント様を守ろうとする、
それが、心理士の務めなのです。

もしあなたがいつか、開業心理士になることを考えておられるならば、
HPを自分で作ることになるはずです。その際に、
自分の顔写真をしっかりHPに載せること。
自分の本名を名乗ること。
ネットの世界でこの2つをする、ということは、
自分の仕事に責任を持つ、ということに他なりません。
ネットの世界に本名を載せると何かと後々・・・と偽名を使う、
ハンドルネームや意味不明なあだ名で仕事をする方がおられますが、
そういう方は、開業しHPを持つ上での覚悟がないと思います。

この仕事をするには、正直、上記のような色々な「覚悟」が必要です。

私は高校生でこの仕事に就くと決意したために心理系の大学に進学しました。
18歳の頃から、臨床心理士からも、大学の教授からも、
「心理士になんて、なるものじゃない」と、
口酸っぱく何度も言われて参りました。
それでも私は、この仕事に就くことを、あきらめることはありませんでした。
私の同級生は60名ほどおりましたが、心理士になったのは私ひとりです。
皆が「私には、できそうにない」と言って、普通の会社に就職しました。

この、「私には、できそうにない」と思った同級生達は、
自身の性格と、この仕事の厳しさを、知っていたからだと思います。
どうやって生活するんだ?どこに勤め先があるというんだ?ということを含め、
勉強したからこその、考えだったと思います。

今、世の中には、数週間の受講で心理カウンセラーの資格認定証を与える、
というようなスクールが山のようにございます。

私は、このような現状を大変危惧しており、
あたかも、簡単に、すぐに、心理士になれるかのような風潮に
強い懸念を抱いているのです。

数週間で学べるような学問の分野なぞ、この世にひとつもございません。

こういったスクールにほだされ、高額な受講料を払って、
数週間学んだカウンセラーが、開業し、潰れるまでの間に、
一体何人のクライエント様を害しているのか?と考えると、
私はたまらなく恐ろしく、同業として恥ずかしくも思います。

そして、他のカウンセラーから害されたクライエント様がご来談され、
お話を伺えば伺うほど申し訳なく、このブログをはじめました。

上記のような低い条件下でも、
必ずクライエント様のお役に立てる心理士になる、
そのような覚悟のできない方は、どうぞ、この仕事に就くことを、おやめください。

生活に生かすカウンセリングを学ばれるに留めておく、
その方が、うんと、賢明です。

心理士の私が、断言します。

地位もなければ、お金もない、感謝もされなければ、報われもしない、
害してはならないのに害される、自分を忘れてもらうことが幸せとなる、
そんな仕事を、あなたは、やり続けることができるのでしょうか?

それだけの、覚悟が、おありなのですか?

とりあえず開業してみるか、と適当なことをやってみて、
「潰れちゃったので」と、クライエント様を放っぽり投げるのですか?

私は、完ぺき主義というよりも、

「プロ」というのは、こういうものだと思っております。

専門職に必要なのは、プロ意識です。

マッサージ師でも、鍼灸師でも、医師や看護師でも、
パイロットでも、野球選手・サッカー選手でも、
専門職なら、それ相当のプロ意識が必要だ、ということを
私は申し上げたいのです。

覚悟もプロ意識もない心理士は、クライエント様を害すだけです。

どうか、ご自身に務まる仕事なのかどうか、
きちんと見極めて頂きたいと思います。

 

私がクライエント「様」と書くのには、
もうひとつ、理由があります。

それは、私が、クライエント様を、尊敬しているからです。

クライエント様は、皆、尊敬に値する人物です。

カウンセラーを訪ねていらっしゃる方というのは、
少なくとも、自分をもっと良くしたい・良くなりたい・
直したい・直りたい・治したい・治りたい・解決したいと思って、
努力しようという方がほとんどです。

その努力の方向性を知りたくて、アドバイスを求めていらっしゃる方もおられますし、
アドバイスではなく、自身で気付きたいと思って訪れる方もいらっしゃいますし、
自分の良くない所を指摘してもらいたくていらっしゃる方もおられますし、
通うことできっちり根本治療してしまおう、という覚悟でお見えになる方もいますし、
ただ、聴いてもらって吐き出すことで普段の生活を余裕を持って送ろうとされる、
そういう使い方をされる方もおられます。

もっと楽になりたい、ということであっても、
直したい・治したいということであっても、
解決したいお困りごとがある、ということであっても、
そう簡単にはいかないことが多く、
それでも楽になれる方向を目指し「努めよう」とする方が大変多いし、
向上心がおありの方がほとんどです。

そんなクライエント様を、尊敬する気持ちがなくては、
「待つ」という心理士の本業を全うできなくなるものです。

心理士たるもの、自分がカウンセリングを受けて
話してみることで気付きを得たこともないようでは、
その気付きから何かを努力してみたこともないようでは、
クライエント様を尊敬するような姿勢は持てるものではありません。

カウンセリングは、
1回〜数回で劇的にスッキリさせることが可能なケースがある反面、
用途によっては、非常に長期間にわたり続くケースもあり、
その場合、カウンセリングはかなりの苦痛を伴うものとなります。

自分の、見たくも無い面を、カウンセラーという鏡で見せつけられ、
努力を必要とし、「続ける」という苦痛を伴います。

それを頑張るクライエント様を尊敬できなければ、
カウンセラーは忍耐ができず、簡単にしびれを切らすようになっていきます。

そういうものは、態度に、応答に、現れてきます。

そうなれば、クライエント様を害し始める。

当然ながら、ただひたすら待ってさえいればいい、というものではないですが、
クライエント様を尊敬していれば、
クライエント様が頑張っているところを何がしか見つけてあげることができ、
見て、褒めて、励まして、認めてあげることが可能になってきます。

クライエント様を師と考え、
クライエント様を尊敬することで、
カウンセラーとしての姿勢に、非常に大きな愛が加わります。

クライエント様を、人間として好きでいられること、愛せることは、
カウンセリングにおいて非常に大切なことです。

間違ってもこれは、恋愛感情ではございません。
お勉強されている方なら、当然キッチリ、わかっておられますね?

こういった深い愛を根底に持ってクライエント様と接することができるよう、
カウンセラーとしての姿勢・精神的肉体的余裕を常に見直したいものです。