心理士とクライエントとの距離感は、
カウンセリングの進行の要になってくる。

最初のうちはラ・ポール形成の時期だと習うが、
正直現場では、また心理士の頭の中では、
決して初回から「ラ・ポール・・・ラポール・・・」などと
考えていることはない。

とにかく1回目から必死にお話を伺い、共感し、話を整理していき、
回数が進んでいく中で、対峙や応答の質と、信頼形成は連動してくる。

「なぜ先生は、クライエントからジョークを飛ばしてもらえるようになるのか?」
という質問を頂いた。

それは私が、クライエントとの距離感を縮めていくような、
そんな話し方をしているからである。

「話し方」というのは、
声であり、表情であり、抑揚であり、ニュアンスであり、日本語選択である。

それが「心理士の雰囲気」と「話の雰囲気」を作り出す。

真面目な話は、しっかりまじめに話す。
核心に触れる話もせざるを得ないし、
「対決」では厳しいことを言わざるを得ないときも当然ある。

けれども私は、60〜90分の中で、
あえて真面目すぎない応答を挟むようにしていたり、
ちょっと面白い応答をしていたり、
エレベーターホールまでクライエントを見送るときに、
軽くダベるようにしている。

最初は当然、かなり礼儀正しい応答をしている。
簡単にいえば「えぇ、えぇ・・・」という応答からはじまる。
お見送りのときの軽い会話も、失礼に当たらないものにしている。
「○○さんは、暑いのと寒いの、どっちがいいですか?」など。

かといって、何回お会いしても礼儀正しく真面目なまま、ではいない。

だいたい、初回30分を過ぎたあたりから、
「えぇ、えぇ」が「うん、うん」に変容していき、
初回終了時にはかなりの関係構築が可能になる。

回数が進むにつれて、
驚いたときの応答が「うそ?!えーー!!」となり、
さらに回数が進むと「マジで?え?ほんとなの?うわっショックぅ〜」
と言いながら肩を落として見せていることもあり、
「それって、キモい!」「えーー、会社のその人、ちょっと変くね?」
とまで応答が変容することもある。

同じ共感的応答にも、これだけの違いが出せるのである。

そういうところに、クライエントは、心理士の人間味を感じていくのではないだろうか?

年齢層の高い方もたくさんお見えになるため、
全ての方にこのようにしているわけではないが、
本来明るい子、おしゃべりが好きな子、若い方には、
男女問わず、できるだけそういう応答に徐々に変えていくことで、
私はクライエントとの距離感をコントロールしている。

「この人は、自分とざっくばらんに話してくれる」と
心理士が自ら見せていくのである。

そうするとクライエントも、おのずと少しツラれて砕けて話せるようになってくる。
あ、先生に対して、そんな軽い話し方でもいいんだー、と思えるのである。

お気持ちが落ち着いてくれば、その方本来の明るさが取り戻され、
結果クライエント自らがジョークを飛ばしてきたり、
心理士をいじってくれたりするようになる。

しかし大事なのは、クライエントがジョークを飛ばせるようになることではない。
心理士をいじれるようになることでもない。

人との、適切な距離感というものを、体感してもらうことにある。

カウンセリングに訪れる方々は、
色々な意味で、他者との適切な距離感を見失っていることが多い。

そこが回復できて、さじ加減が体感できると、
社会に適応できるようになる。

回数が進んでいるのに、クライエントをずっと緊張させているのは、
心理士に要因があることも多い。

心理士が硬すぎることが要因になることもあるし、
心理士が一切の自己開示を拒むことが要因になることもあるし、
心理士が人間味を見せず、応答が決まりきっていることに要因があることもあるし、
心理士を頼りにできず、安心して寄り掛かれないから弛緩できないこともある。

クライエントが、緊張感を持ちつつも弛緩してカウンセリングを受けられないと、
回復が進んでいかないことになりかねない。

心理士自らが、その回に見合った距離感を、
お話の内容に合わせてコントロールすべきと私は考える。

核心を突くような話をしなければならないときに、
心理士がヘラヘラしているのは、あり得ない。

クライエントがせっかく面白い話をしてくれているのに
心理士のノリが悪いのも終わっている。

場に合わせ、緊張と弛緩をコントロールできるような対峙・応答を
心理士はできるようになるべきです。


また、クライエントは、孤独感が強く、不安も大きいため、
心理士に対し、カウンセラーとクライエント、という関係を超え、
「人と人」として、人間としてのつながりを求めてくる人も多い。

陽性転移そのものというよりは、
クライエントとしてではなく、人間として自分と人間関係を築いてくれ!と
懇願してくる(言葉にはしなくても言葉の端々にそれが出ている)クライエントも多い。

言葉にはされなくても、行動パターンに甘えが容易に判別できることも多い。

そのときは、心理士としては、うんと、かなり、迷うべきだろうと私は思う。

「あーそうですか」と、安易にやれることではない。
そんなに簡単なことではない。
クライエントとの境界線をしっかりと引き続けられないのは、
自らの滅亡やカウンセリングの終了をも示唆する危険なことである。


もうひとつ質問があった。

「過疎地では、クライエントを迎えに行くこともありではないか?」
というものである。

回答は、アリだということになろう。

ただ、私が懸念するのは、その道中のクライエントとの距離感は、
一体どうするのか?ということであり、
道中ずっと無言でいるのか?
話すとしたら、何を話し、セッションとの線引きはどうするのか?
ということなのである。

これが心理士側が自身で解決できるのであれば、
またその方法がクライエントの困惑を招かないことができるのであれば、
送迎はありだと私は考える。


心理士の仕事は、クライエントとの距離感形成とコントロールが
非常に重要な仕事だ、ということを、今一度確認してもらいたい。

近すぎず、遠すぎず、馴れ馴れしくしすぎず、でも少しずつ近くへ。

そして自らの人間関係の築き方は、
時間が進み、回数を追うごとに、深くなっていけるような「話し方」を
できているのか?ということを、まずは問うてみて頂きたいのです。

 

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  • 2014/11/24 19:37