心理臨床の世界で最も名の知れた資格は
臨床心理士です。

日本国内では、臨床心理士の資格が最高峰であり、
他の資格は、残念ながら、どこの資格を持っていても、大差はありません。

しかし、臨床家になるならば、
必ず1つは、資格を持っているべきですし、
3年〜5年は、みっちり勉強して頂きたいところです。

臨床心理士の資格を取るならば、心理系の4年生大学に進学し、
認知・発達・社会・犯罪・臨床・統計・心理学史・知能検査を含む心理査定・
その他かなりのジャンルの心理学を全て網羅して学ばなければなりませんし、
研究し、論文を書く、研究し論文を書く、という行為を
何年間にも渡ってやり続けなければ卒業はできません。

さらには、大学院では、
英語の文献をスラスラと読めるくらいでないと研究論文は書けませんし、
何を研究したいのか?という主体性がないと、大学院にはいられません。

合計で、最低6年間の学習を経て、
さらには、臨床経験1年以上を経てから、
はじめて臨床心理士の資格試験を受け、
臨床心理士の資格が取れた後も、論文発表、学会発表などの義務があります。

しかし、臨床心理士の資格を持っていても、
社会人経験があり、傾聴訓練、教育分析、精神疾患と薬物への理解、
性格的な素養、見た目、感受性、人間性、人間愛、全てを併せ持っていなければ、
心理臨床の世界に身を置くことはできても、
クライエント様の援助をするのは難しいと言わざるを得ません。

そう。

資格だけ立派でも、良いところに心理職で勤められても、開業しても、

腕がなきゃ、どうしようもない、ということです。

クライエント様を、次々と受け止めていき、
必ず、クライエント様のお役に立つのだ、
必ず、クライエント様を、彼らの望む最善の方向へ導いていくのだ、
必ず、お気持ちもお体も、守っていくんだ、
そういう基礎と、芯がなければ、腕がなければ、
結局は、クライエント様のニーズには応えることができないのです。

心理士に、芯が通っていないと、ニーズに応えられていないと、
知らないうちに、ただ、来てもらっているだけになっているものです。
その場合、クライエント様は、良くなってもいないのに、来なくなります。
来なくなってから気付いたって、遅いのです。

資格だけ立派でも、何にもなりません。

知識ばかり持っていても、何にもなりません。

論文を書いて、研究しても、
クライエント様と対峙できるようになるわけがないのです。

大学や大学院を卒業したところで、クライエントのお役に立てていなければ
それは単なる肩書きだけの人間になってしまうのです。

クライエント様のお力になる!お役に立つ!ニーズに応える!

これがなされなければ、自らの資格も知識も、何の意味も成さなくなるのです。

病院や学校の心理臨床は、最高峰である臨床心理士が担当しています。

しかし実のところ、臨床心理士への苦情は、大変多いです。

汚い、気持ち悪い、暗い。

決まりきった応答しかしてくれない。

何を質問しても答えてはくれない。

絶対に自己開示してくれない。

結果、心が通わない。

若い。社会人経験がない。

不登校も減らない。

何年通っても治らない。

第一声が「ビデオ撮ってもいいですか?」だった。

などなど、色々な苦情が寄せられています。

臨床心理士と出会って、傷付いたクライエント様が、
たくさんいらっしゃいます。

腕のいい臨床心理士もたくさんおられるなかで、
腕の無い、心の通わない臨床心理士もたくさんいるのが実情です。

臨床心理士に限らず、全ての有資格者に、
信念のある、芯の通った心理臨床家になって頂きたいと私は思います。

信念とは、「自分は心理士として、クライエント様に、どうなって頂きたいのか」
「自分は心理士として、クライエント様に、何を提供したいのか」
ということを持っていることだと私は思います。

肩書きだけが立派なのではなく、
覚悟と信念を持って、強烈に腕を磨いて、
本物の社会貢献ができる心理臨床家になって頂きたいのです。

 

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  • 2015/12/01 23:31